寳金剛寺

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寺歴・開山
Establishment of Hohkongihji-Temple

全景図
明治38年の古絵図。関東大震災で崩れ去った土蔵、経堂等も描かれている。
 

寺歴

國府津山 医王院 寳金剛寺と号し、寺伝によれば、天長6年(829年)8月に弘法大師の弟子の杲隣大徳(ごうりんだいとく)により、地青寺(ぢしょうじ)として創建されました。
その後、平安時代後期に醍醐寺の僧一海が中興し、室町時代に入り後奈良天皇の勅命により、弘治元年(1555年)寳金剛寺と寺名が改められました。

戦国時代、後北条氏の祈願所として隆盛を極め、後に徳川家康が國府津護摩堂(現本堂)領として二十二石を寄進するなど寺運は栄え、末寺三十一カ寺を抱える寺でありました。
東寺真言宗に属し、本山は京都・東寺(教王護国寺)です。安徳天皇ご平産祈願所。


 

開山

杲隣大徳
弘法大師の十大弟子、杲隣大徳

当寺は杲隣大徳(ごうりんだいとく)により創建されました。
大徳は奈良・東大寺の学僧でしたが、空海に出会い、真言密教の徒となられました。後に弘法大師の『四大弟子』とも『十大弟子』とも呼ばれております。
当山に残る過去帳、及び墓石から、没年は承和十一年十一月七日(844年)ですが、出自については、詳びらかではありません。
弘法大師ご存命中、京都・神護寺において三綱(さんごう)の大役を務められました。


 
 
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