寳金剛寺

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空海と寳金剛寺
Kukai and Hohkongohji-Temple

空海 空海


空 海
Kukai(Kobo Daishi)

真言宗の開祖、空海は774年讃岐の国(香川県)で誕生されました。803年留学僧として唐に渡り密教を学び日本に持ち帰りました。 823年嵯峨天皇より京都東寺を賜り、この東寺を修業拠点として弟子と共に真言密教を全国に広めました。
そして空海は、真言密教普及のため直系弟子の一人を東国に派遣しました。のちに空海の十大弟子と呼ばれることになる杲隣大徳(ごうりんだいとく)です。

弘法大師の名は空海の死から83年後に後醍醐天皇から贈られた諡号(しごう)です。

 
 
 

開 山
Founder

空海の弟子、杲隣大徳(ごうりんだいとく)により当山は創建されました。
杲隣は奈良・東大寺の学僧でしたが、空海に出会い、真言密教の徒となられました。後に弘法大師の『四大弟子』とも『十大弟子』とも呼ばれております。
当山に残る過去帳、及び墓石から、没年は承和十一年十一月七日(844年)ですが、出自については、詳びらかではありません。 弘法大師ご存命中、京都・神護寺において三綱(さんごう)の大役を務められました。当山創建は、大師ご入定の7年前にあたります。

 
 
 
全景図
明治38年の古絵図。関東大震災で崩れ去った土蔵、経堂等も描かれている。
 

寺 歴
History

國府津山 医王院 寳金剛寺と号し、寺伝によれば、天長6年(829年)8月に空海の弟子の杲隣大徳(ごうりんだいとく)により、地青寺(ぢしょうじ)として創建されました。
その後、平安時代後期に醍醐寺の僧一海が中興し、室町時代に入り後奈良天皇の勅命により、弘治元年(1555年)寳金剛寺と寺名が改められました。
戦国時代、後北条氏の祈願所として隆盛を極め、後に徳川家康が國府津護摩堂(現本堂)領として二十二石を寄進するなど寺運は栄え、末寺三十一カ寺を抱える寺でありました。
東寺真言宗に属し、本山は京都・東寺(教王護国寺)です。安徳天皇ご平産祈願所。

 
 
 
 
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